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18歳の少女に恋した73歳のゲーテ
ドイツの文豪ヨハン・ゲーテ(1749〜1832)
彼の作品の中で最も有名な『野ばら』の詩を作ったのは、フランス東部、ストラスブールの北約30キロのゼーゼンハイム村。
1770年秋、ストラスブール大学の法学生だったゲーテは、友人に連れられてここを訪れ、村の牧師の娘フリーデリーケ・ブリオン(1752〜1813年)に出会う。
目は青く、ブロンドのお下げ髪。「片田舎の天空にたまらなく愛らしい星が立ち昇った」(『詩と真実』)。21歳の文学青年は、素朴でつつましい18歳の少女に一目ぼれする。訪問を重ね、彼女も愛を受け入れた。時は、花咲き小鳥さえずる新緑のころ。
「ほとばしり出る/胸の喜び/おお大地よ/おお太陽よ/おお幸福よ/おお歓喜よ」(『5月の歌』)。輝く緑と高ぶる心が創作意欲をかきたて、愛と自然をたたえた叙情詩人がここに誕生した。やがて彼は恋人への思いを、土地の民謡を下敷きにしたバラの詩に結晶させる。
童(わらべ)は見たり
野なかの薔薇(ばら)
清らかに咲ける
その色愛(め)でつ
飽かずながむ
紅におう
野なかの薔薇
(近藤疎風訳)
しかし出会いからほぼ1年後の71年8月、ゲーテは、結婚を望むフリーデリーケのもとから逃げるように去ってしまう。恋多き詩人は束縛を嫌ったのだ。
それから約50年。73歳になったゲーテは、またしても18歳の少女に一目ぼれします。
しかし、あまりの年齢差にその結婚を両親に反対されてしまいます。
18歳の少女に失恋した老ゲーテは、悲嘆と苦悶のどん底から魂を揺さぶるような詩をうたう。有名な「マリーエンバートの悲歌」の一節を紹介しよう。
『どうしようもない憧憬に 此方彼方へ私はさまよい 慰さめる手だても知らず ただ果てもなく涙は流れる よし涙よ 湧きやむな 流れ続けよ この心の火を消すことは それでもできまい 生と死が むごたらしくも組み打ちする 私の胸の中は今すでに 狂おしく裂けんばかりだ』(人文書院発行「ゲーテ全集 第一巻 詩集」より。高安国世訳)
哀切の尽きないこの悲歌を読む時、我々はとても74歳の老人が詠んだものとは思えない。恋に破れた老ゲーテの心情が切々と迫ってくる。年老いて尚このような情熱を秘めているとは、驚異としか言いようがない。情熱の虜にならなければ、このような悲歌は生まれてこないだろう。
18歳の少女は老ゲーテの求婚を断わりながらも、その後一生独身を通したというから、ゲーテも罪作りな男ではある。恋は美しいと同時で悲惨で滑稽でグロテスクであり、する側にもされる側にも何らかの傷を残さずにはおかない。
2004. 8.15記 |