江差殺人事件

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第1章その4

「それで話ってなんだい。」ひとしきり話が盛り上がっていたが、西平は頃合いをはかって萩原巡査部長に尋ねた。

「あらっ、私ったらごめんなさい。そうですよね。私がお願いしたんでしたね。楽しいからつい忘れていました。」萩原巡査部長は首をすくめて舌をだした。西平はそんな仕草を見てこの美貌で優秀な警官にはじめて女性を意識した。

「西平警部補」

「おいおい、こんなところでやめてくれよ。西平でいいよ」

「あら、ごめんなさい。では、西平さん。今回の事件についてどうお考えですか。」

「はっ」西平は間の抜けた声をあげた。我ながらあきれた。なに!今回の事件だと。あー、なんだよ、これでは、仕事の延長でないか。実際、akko巡査の誘いに内心心穏やかではなかったのだ。若い女性が大事な話があると利いたら誰でも色恋沙汰だと思うのが当たり前である。西平もそう漠然とそう思っていたのだ。

それでも、西平は気を取り直してakko巡査を見据えてこう言った。「ほー、いったいどういう意味かな。」

「はい、私、あの現場に行ってなにかしら霊気のようなものを感じたんです。あの鴎島の当たり一体に漂う怨霊を感じたんですね。それに、あの殺され方は異常です。言葉ではうまく言い表せませんが...あれは、絶対怨恨による殺人です。」

「うむ、それは同感だ。ただ、司法解剖の結果もまだ出ていないし、捜査に予断は禁物だよ。」

「いいえ、絶対!あ、ごめんなさい。でもね、頭皮が剥落していたことといい、首がねじ切れるように折れていたし、おまけに索条痕まであったんですよ。それに全身に擦過傷がありました。これは断じて自殺なんかではありません。何者かによって、殺されたとしか考えられません。それも、拷問を受けた上に殺されたのです。」

「そうだね。私もそう思う、近々捜査本部の看板を書き換えなくてはいかんな。しかし、書き換えるにはそれなりの合理的な理由がなければいかんよ。それは分かるだろう。」

「私、あした鴎島の現場付近を徹底的に調べようと思っています。こんなことを言ったら叱られるかもしれませんね。でも、あの現場の松の木周辺を掘ってみようと思っているんですよ。」

「ほー、それはどうしてだね。」

「はい、今回の事件は過去のしがらみがあっての怨恨による殺人だと考えています。なぜなら、いくら人通りのない場所とはいっても、あれだけのことをしたのですよ。おそらく1時間や2時間はかかったはずです。なぜ、あの場所を犯行現場に選んだのか?と考えるとあの場所になにか過去の因縁があるに違いありません。それに、頭皮が剥落していたのが...昔、そんな伝説を聞いたことがあるような気がします。それがはっきり思い出せないのがもどかしいんですよね。」萩原巡査部長は、そこまで一気に話して、ふと遠くを見るように、なにかを必死に思い出そうとしているようだった。

「分かった。君の思うとおりにやってみたまえ。私も応援する。」西平はそう答えた。

「だけどさー、いやー、驚いたな。」

「は、なんですか?」萩原巡査部長は夢からさめたように目をしばたかせて西平にそう問いかけた。

「うん、いや、重大な話と言うからつい恋とか愛とかの話かなと思ったんだよ。」

「アハハハ、ひどーい」萩原巡査部長は西平を一瞬睨んでから楽しそうに笑った。

「西平さん、そういう話の方がよかったんですか?」

「あ、いや、実はその手の話は苦手でね。」二人は声をあげて笑った。

「あらー、楽しそうですね。私も仲間に入れてくださいな。」美津乃は、そう言いながら西平の横に座った。

「ねえ、なんの話をしていたの?」

「いやー、なんのことはない、くだらない話さ。」西平がそう言うと、「あら、意地悪。憎い人」と言って西平のおなかをつまんだ。西平は少し太り気味である。かといってデブというほどでもないが、余分な贅肉はたっぷりあった。普段は、凄みをきかせているが、笑うと実に人なつこい笑顔をうかべる。

「あ、いててて...なにするんだ。公務執行妨害で逮捕するぞ。」

「はーい、いつでも逮捕してくださいな。私はヨシさんのファンなんだから。いつでもオーケーよ。」美津乃も負けてはいない。

「ねえ、あわびの刺身食べる。私のおごりよ。」美津乃がそう言うと、「ほー、あわびか!いいね!」と西平。

「はい、活きのいいのがはいったのよ。」美津乃はそう言いながら調理場に走った。

「だけど、なして私にそんな話をしたんだい。」西平は萩原巡査部長に尋ねた。

「ええ、こんな相談できるのは警部補だけです。だって、署長は私のこと目の敵のように扱うし、副所長はまったく事務的で私のことなんか...刑事課長だって...だから、警部補だけが頼りなんです。」そう言われれば西平も悪い気はしない。

しかし、組織というものはそんなものではない。組織内での個々人の役割は芝居と同じである。それぞれ与えられた役で全力を尽くすしかないのだ。ひとりでも勝手な動きをすれば芝居にはならない。かといって個性を抑圧したら組織は活性化しない。これは難しいところだ。でも、そこらのへんのことをふまえて、彼女には諭さなければならないな。西平はぼんやりとそんなことを考えていた。

by しょう  1999.10.21 

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