江差殺人事件

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第4章その1

玲子の乗った飛行機は定刻の11時30分に到着した。到着ゲートで待っていた圭介と百合子ににっこりとほほえみかけて「ありがとうございます」と頭をさげた。やはり少しやつれて見えた。

「なんだよ、水くさいじゃないか。さあ行こう」圭介はそう言って玲子のバッグを持った。そのとき西平、萩原刑事が3人の元に歩み寄り「私は江差警察署の西平です。こちらは萩原刑事です。パトカーで先導しますのでついてきてください」そう言った。

「はい、ありがとうございます。私は圭介...いや氷室さんの車に乗っていきます」玲子はそう答えた。

高速道路を通っておよそ1時間で札幌医大に着いた。この大学はつい10年ほど前新築したばかりである。付属病院、研究棟、大学本棟と3個の建物からなっている。法医学講座はその大学本棟の方にあった。

細谷は解剖室にある巨大なロッカーに収納されていた。応対してくれたのは法医学講座助手の薄井伯征と研究生のにゃるであった。あいにく教授は学会で不在とのことであった。

42番と書かれたロッカーを引き出すとそこに細谷が納められていた。

「奥さん、確認してください。あなたのご主人に間違いありませんか?」西谷警部補が玲子に訊いた。

玲子はハンカチを口に当てながら嗚咽をこらえている。ここに来るまで十分覚悟はできているのか取り乱したりはしなかった。西平の声に小さく頷くと目を閉じた。

万一倒れても大丈夫なように玲子の後ろには圭介が控えていた。百合子はまたしても嗚咽を漏らしている。

細谷の遺体の頭部には昨夜、萩原警部が持参したヘアピースがのっていた。その容貌は生前とほとんど変わらなく見える。実は単にヘアピースをのせただけではなく、口腔外科、歯科技工室の協力を得て頭部の印象を取り、欠損部にレジンを埋め、その上に写真を参考に毛髪を張り付けてあるのだ。昨夜遅くまでその作業は続けられた。

萩原警部補と薄井助手は、何度かこの法医学講座で顔を会わせるうちにいつしか恋仲になっていた。萩原警部補が薄井より7歳年上の35歳である。その年齢差ゆえに結婚に躊躇しているのは萩原の方であった。

警察がここまで被害者の遺族に配慮してれるのかと疑問の読者もあるいはいるかもしれないが、今回のことはこの薄井の力による。口腔外科口座に薄井と同期の西野直子がいた。頭部形成は西野と歯科技工室の連携により実現したのだ。

「玲子、だいじょうぶかい?」圭介は玲子に優しく言った。

「うん、ありがとう大丈夫よ。覚悟はできていたの」玲子は続けて「ねえ、圭介お願い。細谷の仇をうって、このままでは細谷が浮かばれないわ。お願い犯人をみつけてください」玲子はそこまで言うとはじめて泣き崩れた。

場所を移して西谷が玲子に事情聴取を行ったが、玲子は今回の北海道旅行について詳細を訊いていなかったのでほとんどなにも分からないと言った。もちろん細谷が人の怨みを買うような人ではないと強く否定していた。

「あの人は気配りの人でした。休日にはボランティア活動もしていたし、人に喜ばれこそすれ怨みを買うなんて考えられません」そう言うと唇を噛んだ。

「ところで奥さん、細谷さんはノートパソコンを持っていましたか?」西谷が玲子にそう訊いた。

「はい、今回の旅行に持っていったはずです。あの人はノートにメモを取ったら後でそのパソコンにデータを入力するのが習慣となっていました。だからいつもデジカメとノートパソコンは持ち歩いていました。パソコンは発見されなかったのですか?」

「はい、ありませんでした。なぜこのようにお訊きしたのかというとLANのケーブルだけが残されていたんです」

「ああ、主人はインターットもしていましたからね、携帯電話はありましたか?」

「いえ、それもありませんでした。携帯電話の番号を教えていただけますか。通話記録を調べさせていただきます」

玲子が携帯の番号を教えると「それでは、またなにかありましたら捜査にご協力いただくとして、今日はこれで結構です。宿までお送りしましょう」西谷がそう言ったが「あ、いえ、今日は氷室さんのところに泊めていただきますので...ありがとうございました」

「そうですか、それでは我々はこれで引き揚げます。万全な捜査できっと犯人を捕まえて見せます」西平は少し気張った言い方でそう言い残し帰っていった。

「どうもありがとうございました」薄井とにゃるに丁寧に頭をさげて玲子も圭介たちとその場を立ち去ったのである。胸の内の悲しみとは裏腹に空は抜けるように青かった。今年の北海道は例年になく暑く観測史上例にないほどであった。

by しょう  1999.11. 7 

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