江差殺人事件

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第3章その3

傍らで泣いている百合子を見やりながら、圭介は自分が驚くほど冷静さを取り戻していることに気がついていた。これは一体全体どういうことなのだろうか?子供が何人かいて一人が泣き出すともう一人が泣きやむというのはよくあることだが、そういったことなのだろうか?などと思いをめぐらしていたが、いや違う!これは、無惨な死に方をした親友の弔い合戦をこれからするのだという気負いのせいなのだ。そう思い至った。

「氷室さん、あなたが被害者に最後に会ったのはいつですか?」西平はそう切り出した。

「細谷とは30日の日にススキノで飲みました。江差には次の日に向かうと言っていましたが、こんなことになるとは...未だに信じられません」圭介はそう答えると唇を噛んだ。

「ほおー、そうですか!そのときのことを詳しく話してください」

「はい、あいつから連絡があったのは28日の晩でした。急に北海道に行くことになったので久しぶりに会いたいということだったんで、私の馴染みのスナックに行ったんです。かみさんが妊娠しているのにほっといていいのか?って言ったら、どうしても行かなくてはならないようなことを言ってましたね」

「そのことで具体的にはなにか聞いていますか?いや、つまり北海道に来るという目的ですが」

「ええ、なにやら義経ゆかりの場所を訪れてみたいというようなことを言っていましたね。でも、そのことを深くは追求して聞かなかったんですが、今となっては悔やまれますね」

「義経と言うとあの『源義経』のことですね。実は、被害者の遺留品のノートにこんなことが書いてあったのですが、なにか思い当たることがありますか?」そう言うと、西平はノートのコピーを圭介に示した。

圭介はじーっとその文章に見入っていたが、ふと目をあげると「うーん、分かるようで分からない文章ですね。細谷は趣味で小説を書いていたようですから、なにかその小説の材料にでもしようとしたのでしょうかね?」首をひねりながらそうつぶやいた。「君はどう思う?」圭介はそのコピーを百合子に渡した。

「ところで、ここに書いてある『榎本武揚』『土方歳三』はなんとなく分かるのですが、この土地に『義経伝説』があるのでしょうか?」圭介は西平に聞いた。

「いや、私はこの地に転任してまだ日が浅いのですが、周りに聞いてもよく知らないようです。しかし、なにか事件に関係があるのでしょうかね?」西平も困惑しているようだ。

「あ、遺留品というのは、このノートだけだったのでしょうか?」

「車のダッシュボードには、財布、デジカメなんかが残されていました。そのほかはトランクに入っていたボストンバッグぐらいですね。いずれにしても物盗りではないと考えています。むしろ遺体の損傷などから勘案すると怨みの線が強いですね。拷問のような痕跡があります。それから遺体が放置されていたのが『瓶子岩』というので、なにやら見せしめのような気もしますね。これは私の私見ですので聞き流してください。つまりねそれほど遺体の損壊が著しいという意味です。あ、それからこれに見覚えはありませんか?」西平はビニール袋に入っていたコードを圭介に示しながら聞いた。

「これは、モバイルカードのコードではないでしょうか?」圭介はあっさりそう答えた。

「は、モバイルですか?」西平はじめそこにいた誰もが互いに顔を見回して苦笑いしていた。どうもこの手の話は苦手のようであった。

「はい、細谷は旅行の時はいつもノートパソコンを持ち歩いていました。もっぱら小説のネタになりそうなことをメモするのに使っていたようです。それからネットにもたまに接続していたようですよ。ほら、この線は携帯電話のここのところに接続するんですよ。」圭介は自分の携帯の底を示した。さらに、「パソコン側にはカードを差し込むようになっています。で、パソコンにはなにか情報はなかったのでしょうか?」

「うーん、そうですか。いや、パソコンはありません。犯人が持ち去ったのかもしれませんね。」西平がそう言うとすかさず、秤谷刑事課長が割って入った。

「いやどうもご協力ありがとうございます。今日はこれでお引き取りになって結構であります」彼は思わぬ展開にこの場は一応切り上げようとしたようだ。警察で誰も分からなかったことを部外者に簡単に指摘されたのを恥だと考えているようである。

「ところで氷室さんは今夜はこちらに宿泊されますか?まだいろいろお伺いしたいことがあるので協力いただけないでしょうか?」西平はあわててそう言った。

「はい、協力するのはやぶさかではありません。しかし、細谷の遺体確認に玲子...いや、細谷の奥さんが札幌に来るというので一度札幌に戻ろうと思っています」

「おお、そうですか。それはちょうどよかった。私も遺体確認に立ち会うことになっているので、それではあちらで続きを伺うことにしましょう」西平は隣の秤谷刑事課長に「それでよろしいですね?」と耳打ちした。当初の予定ではKIYO巡査部長に行ってもらうことになっていたからだ。秤谷も事情を察したようで頷いている。

「それではこれで失礼します」圭介は百合子を促すと一礼して立ち去った。

「西平くん、あの二人を徹底的にマークしてくれたまえ。なにしろ今のところレンタカー会社の社員を除いたら、最後に被害者に接触している人物だからな。よろしく頼むよ」署長は圭介たちが消えたドアを凝視しながらそう指示を与えた。

by しょう  1999.10.31 

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