江差殺人事件

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第3章その2

江差に着いたのは、午後1時少し前だった。圭介はただちに、江差警察署に向かった。江差警察署は馬坂の坂を登り、道なりに新地の手前で右に入ったところにあった。圭介は江差には何度か来たことがある。

途中、二人はめっきり口数が少なくなった。圭介は「まさか、そんなこと。なんでだ?」と何度かつぶやいたし、百合子はその都度「玲子さん、かわいそう。」というのが二人の会話のすべてであった。

瓶子岩殺人事件捜査本部」と書かれた看板を横目で睨みながら二人は緊張の面もちで警察署の玄関をくぐった。入ってすぐの窓口で捜査本部の主任捜査員に会いたい旨を告げるとまもなく、「西平係長にお客様です。」と取り次いでくれた。

2階から少し小太りの刑事らしい男が降りてきて、にこやかに笑った。

「私が事件を担当しております。西平です。」

「はじめまして、私は氷室と申します。」圭介は氷室保険事務所の名刺を差し出して、「ここであった殺人事件のことでお伺いしたいことがあって札幌から参りました。」と言った。

「ほー、それでは亡くなった細谷さんの生命保険の関係ですか?」西平はやや警戒するようにそう答えた。

「えっ、今『細谷』って言いました。」圭介は一瞬顔をこわばらせてそう聞いた。圭介は損害保険、それも自動車保険しか扱ってはいないが、この際それはどうでもいいと思った。

「あ、お知り合いの方ですか?」

「はい、埼玉の細谷であれば僕の友人です。」圭介は一縷の望みを込めてそう言った。

「おお、そうですか。それではどうぞこちらにいらしてください。」西平は目を輝かせて圭介たちを手招きした。無理もない身元が判明した段階で、被害者の関係者が自ら出頭してきたのである。西平は捜査の進展を実感していた。

西平は圭介たちを署長室の応接に招き入れた。「氷室さんは殺された細谷さんのお知り合いの方です。今日は札幌の方から来ていただきました。」西平は東原署長、出口副署長に紹介してくれた。名刺交換をすますと、署長が「秤谷刑事課長にも同席してもらった方がいいだろう。」と言うと、電話をした。

警察に参考人が出頭してきたときに、小説ではいきなり取調室で尋問を受けるというのがまことしやかに伝えられているが、そんなことは嘘か誇張にすぎない。警察は市民の協力なしには事件を解決することができない。しかし、まったく気を許してはいないことは彼らの目を見たら分かる。

秤谷刑事課長とも名刺交換をすると、「お知り合いということですが、どういう関係ですか?」と氷室に尋ねた。

「あ、はい。でもその前に確認したいのですが、殺されたのは本当に私の友人の細谷文彦でしょうか?」

「埼玉県川越市、細谷文彦、昭和39年生、遺体の指紋とレンタカーから採取した指紋は完全に一致しています。さらに、運転免許証の写真と遺体の顔は同一人と認められます。」調書を見ながら秤谷刑事課長は事務的にそう言った。さらに、「お友達なんですね。お気の毒です。」と付け足した。

圭介は一瞬目の前が暗くなった。百合子は圭介の隣ですすり泣いている。

「どんな状態だったんですか?他殺というのは本当ですか?」圭介の問いに秤谷刑事課長は調書を見ながら淡々と説明してくれたが、圭介の耳には入ってはこなかった。ただ、頭皮が剥落していたというのははっきり聞こえた。そのくだりでは百合子は目を見開いて「ひどい!」と言ったきり、今度は声をだして泣いた。

圭介はこのとき、悲しみを通り越して犯人に激しい怒りを感じた。そして、犯人を俺のこの手で捕まえてやる。そう心に誓った。

by しょう  1999.10.24 

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