江差殺人事件

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第1章その2

西平は町内のホテル・旅館、JR江差駅、函館バスターミナルはもちろんのこと、主に観光客が立ち入りそうな「旧中村家」「横山家」「江差追分会館」「法華寺」「姥神大神宮」「開陽丸青少年センター」など観光名所を片っ端から聞き込みに歩いた。

しかし、この写真がいけない。頭皮が円形状に剥落している上、デスマスクなのだ。みな、気味悪がって一様に目を背けるばかりで聞き込みは遅々として進まないし、なんの手がかりも得ることはできなかった。しかし、狭い町だから夕方には予定していた施設はほぼまわることができた。
「後は、ほかの班に期待するしかないな。」西平は相棒にそう言うとパトカーで帰署した。
五厘沢、乙部方面。上ノ国方面の地取りを終えて、すべての捜査官が揃ったのは午後6時をまわっていた。

署長以下、捜査会議が再会されたが、なんの成果もないと分かると重苦しい雰囲気が漂うばかりである。
口火を切ったのは東原署長であった。

「そんなはずはないぞ!こんな狭い町でまったく痕跡を残さないなんてバカな話があるか!」

「鑑識のその後の捜査状況は、どうなっているんだ。」

「はい、報告いたします。」そう答えたのは美貌の鑑識担当萩原巡査部長であった。さすがに道南は美人が多い。制服を着ていなければ、とても警察官には見えない。やや小柄ながら目鼻立ちのはっきりしたエキゾチック顔立ちをしている。髪はやや長めで外側にカールしている。江差署きっての美人警官で独身者の憧れの的である。

「被害者が瓶子岩まで、泳いで行ったとか、船で行ったということは考えられません。なぜなら、脊椎損傷も生活反応は認められません。被害者が瓶子岩に落下したときは既に死亡していたと推測できます。」

「ほー、それではどういう状況だったのかね?」

「はい、頚部骨折が直接の死因と考えられます。もっとも、札医大の司法解剖の結果を待ちたいと思いますが、仮にそうだとしたら、瓶子岩に落下したときには既に死亡していたということです。」

「ん?落下だと?どこから落ちてきたと言いたいんだ?」

「これは、もう鴎島から何者かによって放り投げられたとしか考えられません。」

「しかし、鴎島から瓶子岩まで、どれほど離れていると言うんだ!50メートルはあるだろう?人間の力では考えられないではないか!そこらへんのことは考慮に入っているのか?」

「はい、勿論です。死亡推定時刻には、山背の風が吹き荒れていました。犯人は鴎島から海に放り投げたのですが、折からの突風により瓶子岩まで運ばれたと思われます。」

「しかし、それは推測に過ぎないのではないか?ほかにも考えられるだろう?例えば飛行機、ヘリコプターから落下したということもあり得るだろう。」

「いいえ、その時刻の天候を考えれば飛行機、ヘリコプターが飛べるはずがありません。それほどの悪天候であったわけです。」萩原巡査部長は署長とのやりとりにも平然と受け答えしている。気の強さもそうとうなものである。

「では、再度聞こう!そう考える根拠はなんだ!」署長はやや持て余し気味にそう問いかけた。

「鴎島を徹底的に捜査しました。その結果、1本の松の木に樹皮が剥落しているのを見つけました。そこに付着していた皮膚片と思われるものを道警科学捜査研究所に依頼して、現在DNA鑑定を依頼しています。」

「それから、その樹の付近一帯のすべての土、ゴミ等を収集し、ルミノール判定をしたところ明らかに人間の血液を示す反応がありました。」

「ですから、犯行現場はその場所と考えられます。」

「うーん、そうか!ご苦労さん。そうなると、これは他殺と考えていいんだな。」

さすが、百戦錬磨の署長もこれほど理路整然とした説明を聞いたらもはや反論の余地はなかった。むしろ、最初から話を聞いておけば良かったと少しばかり後悔した。

「分かった、引き続き捜査を続けてくれ。」

「はい、分かりました。」萩原巡査部長は敬礼し、やや口元をほころばせながら着席した。

「『瓶子岩変死事件捜査本部というのも、変死ではなく殺人に変更せんといかんな。」傍らの出口副署長にそうつぶやいた。

「はい、今日の記者発表には、地元の『函館毎日新聞』と『北海道デイリーニュース』の記者しか来ていませんでしたから、そのへんは含めておきましたが、明日以降は全国紙の記者も押し掛けて来ると思われます。なにしろ、この地域ではめったにないセンセーショナルな事件ですからね。」

「札医大の司法解剖の結果及び今後の捜査の進捗状況を睨みながら、看板の文言を変更することにします。」出口副署長はさすがそつがない。

「で、今後の方針だが」署長がそう言うとすかさず、秤谷刑事課長が答えた。

「明日は、もう少し範囲を広げて聞き込みをします。そうですね、今日は両隣の乙部と上ノ国でしたから、明日は厚沢部、熊石方面の聞き込みをします。それでいいね!西平警部補」

「はい、分かりました。今日と同じ班編成で地取り捜査を続けます。」

「よし、今日はご苦労さん!明日からまたよろしく頼む。」署長の言葉で、激動の1日は終わった。

by しょう  1999.9.30 

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