江差殺人事件
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第2章その5
「車内に残された指紋並びにレンタカー会社の申込書に残された指紋については被害者のものと完全に一致しました。財布には6万円の現金と銀行のキャッシュカード、クレジットカードが入っていました。さらに、函館発羽田行の航空券がありまして、出発は2日の午後2時30分です。携帯電話については、通話記録をNTTに照会しております。問題はデジタルカメラとノートなんです。」西平は臨時に開かれた捜査会議でここまで一気に言った。
「瓶子岩で死体が発見されたのが8月1日午前5時30分。江差町在住の浅井友己が第一発見者だったね。死後8時間から15時間経過しているということだから、殺害されたのは7月31日の午後2時30分から9時30分頃ということになるね。」秤谷刑事課長が黒板に書いてあることを確認するように言った。分かり切ったことを復唱するのがこの課長の悪い癖である。西平は日頃から苦々しく思っている。
「西平係長。で、そのデジタルカメラとノートの問題というのはなにかね?」東原署長が西平にそう聞いた。
「はい、このデジタルカメラはメモリー方式なんでありますが、署のパソコンでは扱えません。それと、ノートなんですが、なにやら意味不明のことが書いてあります。」西平はそう答えた。
「君の奥さんは確かパソコンに詳しいのだったね?」署長はさすがなんでもよく知っている。西平の顔がみるまに紅潮した。
「あ、はい。妻は詳しいのでありますが、自分はさっぱり分かりません。」西平は頭をポリポリ掻きながらそう言った。
「よし、それは奥さんに見てもらいたまえ。それからノートのことを聞こうじゃないか。」
「はい、分かりました。」西平はプリントを配った。さらにノートの拡大コピーを黒板に張った。そこには、次のように書いてあった。
歴史と文化とロマンの町江差...でもここは違うのだろうか? 笹竜胆の紋はサハリンにはあったがここにはないようだ。 義経伝説はやはり寿都、平取が本命か? 大陸に渡る前にここにも来ていたはずなんだが...残念ながら痕跡が... ジンギスカン伝説は所詮妄想の産物なのだろうか? 浪に呑まれて開陽丸はあえなく江差沖に沈んでしまったのも今は昔のことである。 あの最新式の軍艦が江差の海の藻屑と消えたとき... 誠の旗印を掲げて戦った元新撰組副長の土方と榎本武揚はなにを思ったのか。 二人の胸の内を思うと叫びたいような衝動にかられる。 につかわしくない、死に様か?いやそうではない...。 土方は死ぬつもりでこの蝦夷地に渡ってきたのだ... 殺されてよかったのかもしれない。 されど...やはり悔いは残る。 榎本はその後新政府において重要な地位を得たのだが,,, れきしに埋没したのは土方だけだったのだろうか。 ただ、今は亡き土方の冥福を祈るのみ。
「なんだこれは?」はじめに発言したのは、副署長の出口警視であった。
「うーん、書いてある意味は分かるが、前後の脈絡がいまひとつピンとこないな。」続けてそうつぶやいた。
「はい、副署長のおっしゃるとおりです。ここに書いてあることは、おそらく源義経が蝦夷地から大陸に渡ってジンギスカンになったという伝説と、幕末に蝦夷地を制圧した榎本武揚と新撰組副長の土方歳三のことを書いてあると思われます。しかし、全体的にいまいちピンとこないのであります。」西平はそう言って黒板の拡大コピーを茫然と見つめていた。
「いや、このノートのことは置いといて、できることからやろうじゃないか?まず、被害者の身元が割れたのだから、その方面手配は終わっているのだろうな?」署長が西平に聞いた。
「はい、現在埼玉県警川越警察署に被害者の身元を照会しております。」
「よし、次にデジカメだが、一度君の奥さんに見てもらうといい。それから、上ノ国町周辺の聞き込みに全力をあげて、被害者の足取りをなんとしてもつかんでほしい。」
「はい、分かりました。」西平は力強くそう答えた。やはり、この署長はできると思った。
「次に、出口警視、表の看板を書き換えてほしい。『瓶子岩変死事件捜査本部』ではなく、『瓶子岩殺人事件捜査本部』だ。これは、間違いなく他殺である。そのように記者発表してかまわない。記事になってなんらかの情報を得られるかもしれないしな。」
「は、分かりました。ただちに記者会見を開きます。」副署長が答えた。
「よし、以上だ。西平警部補。デジカメの件は頼んだぞ。」署長はそう宣言して捜査会議は終了した。
by しょう 1999.10.22
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