江差殺人事件

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第2章その4

あくる朝、圭介は8時に百合子のアパートに愛車のボルボで迎えに行った。以前はソアラに乗っていたのだが保険代理店をやって様々な事故をみているうちにこの頑丈だけが取り柄の車に魅力を感じるようになったのである。

百合子は大通西18丁目の賃貸マンションに住んでいる。ここらあたりは札幌医大に近く、地下鉄西18丁目駅はすぐ近くである。百合子の勤務先は札幌駅のすぐ近くにあるアスティというビルにあるが、地下鉄で大通駅から乗り換えで札幌駅まで行かなくてはならない。しかし、便利な場所であることには間違いがない。アスティは壁面がガラス張りになっていて、ちょっとおしゃれなビルである。ここのワンフロアーはすべて建築設計事務所となっていて、1級建築士が200名以上働いている。これだけまとまった技術者がいるのは、北海道ではJR北海道に次いで多い。昭和40年代には北海道全体で1級建築士はほんの数えるほどしかいなかったことを考えると、隔世の感がある。

圭介は、百合子のマンション近くの路上に駐車し、携帯電話をかけた。マンションの地下駐車場は満車なので、圭介はいつもこうしている。

「もしもし、あ、百合子。今着いた。すぐ降りてこれるかい?」

「あ、ごめん、荷物がいっぱいあるんだ。悪いけどこっちに来て手伝ってくれない?」

「えー、ちょっと待ってよ!たかが江差に行くのになんでそんなに荷物があるんだよ!」

「なに言ってんのよ!泊まるなら着替えだって必要でしょ。」

「あれっ、誰が泊まるって言ったんだよ。だいたい細谷がいつまでもいるとは限らないだろう!ひととおり当たってみて見つからなかったら、すぐに帰ってくるつもりだよ。」

「圭介、あなたがそんなに人情が薄いとは思わなかったわ。大事な友達でしょう?見つかるまで江差で探すんだとばかり思っていたから...なんのために3日も夏休みを取ったのよ!いいわ、一人で行ってちょうだい。じゃあね!さよなら。」百合子はそう言うと電話をがちゃんと切ってしまった。

「やれやれ、世話のやける女だな!」圭介は苦々しい思いで車を降りると、百合子のマンションに歩いて行った。これはいつもことである。ちょっとしたすれ違いから大喧嘩になってしまう。

お互いに一歩も引かないこともあるが、たいていは圭介が折れることになっている。

圭介は、7階の百合子の部屋のチャイムを鳴らした。

「はーい、ちょっと待ってね。あ、圭介、このバッグ持っていってね。後は私一人で持てるわ。」百合子は快活にそう言った。

なんなんだ?この女は!と圭介は思ったが、これ以上こじらせるのは得策ではないと、素直に従った。

「じゃあ、車で待ってるから。」圭介はそう言うのが精一杯であった。

「ねえ、圭介さっきの話だけど、ほんとに江差には泊まらないの?」

「さあ、行ってみないと分からないなあ。なにか手がかりがあれば別だけど、細谷はただ江差に行くって言ってただけだから、どこに泊まるとも聞いてないし...あれからもう3日もたつからなんとも言えないよ。」

「そうね、だけどそうしたらどうなったわけ?」

「いや、だからこれから行くんじゃないか!」圭介は思わずきつい口調で百合子に言った。言ってから失敗したなと思って百合子の横顔を盗み見てみたが、暗に反してしらっとしている。なかなかおもしろい女だなと圭介はなるべく表情に出さないように笑った。百合子とはいつもこんな調子である。

「ねえ、圭介。細谷さんはなぜ江差に行ったの?あそこになにかあるの?」

「いや、僕も詳しい話は聞いていないのだけど...確か、義経の足跡を辿って北海道を廻っているようなことを言っていたなあ。」

「義経って、あの源義経のこと?えっ、どういうことなの!?」

「いやー、僕も詳しいことは分からないんだけど、源義経は奥州平泉の衣川で自害したとされているけど、実は生きていて...というかそれは替え玉で、その1年前には蝦夷地に向かっていたというんだよね。そして、なんと大陸に渡ってジンギスカンになったという伝説があるらしいよ。」

「わー、すごーい!壮大なロマンね。いいなあ。」百合子は遠いところを見つめるようにうっとりとした顔をしている。その横顔を見ながら圭介は可愛いと思った。

車は白石の南郷通から高速に入った。最近北海道縦貫自動車道の工事が終わり、高速は長万部(おしゃまんべ)まで通じている。江差までは4時間30分くらいである。

「あっ、圭介!私思いだしちゃったよ!」百合子が突然そう言った。

「えっ、なにをさ!」

「うん、確か平取に義経神社ってなかった。それから寿都の方にもなんかそれらしい話があったような気がするんだけど...知らない?」

「ああ、そうそう義経は蝦夷地でアイヌの大王になったという話しもあるみたいだね。だけど、江差ではどうかな?僕は聞いたことがないな。むしろ。江差だったら幕末に幕府の軍艦で函館、松前。江差を制圧した榎本武揚とか一緒に行動した新撰組の土方歳三の方が有名だよね。それと、姥神神社のお祭りとか江差追分が有名ね。最近江差沖で沈没した榎本の軍艦『開陽丸』が復元されたらしいよ。」

「あっ、その話なら知ってる。その『開陽丸』は江差のヨットハーバーに建造されたのだけど、船の形をしてるけど船ではないのよね。つまり、土台があって動かないわけ。で、これがなんと建築確認申請を出す時点で、木造2階建てということになったらしいわよ。アハハハ、おかしいわね。」百合子はいかにも愉快げに笑った。

「ふーん、お役所ってとこは相変わらず頭が固いなあ。」圭介はそう言って苦笑いした。

そうこう話しているうちに、早くも室蘭を過ぎた。室蘭から長万部までは1車線の道路が続く、ほとんどが追い越し禁止で速度制限も80キロである。

「やれやれ、これじゃあ高速道路とは言えないな。だいたい、危ないよな。」

「そうよね。中途半端よね。だいたい高速道路で1車線だなんて!みたところ2車線に拡幅する予定もないようだし...これは用地買収のことを考えたら将来的にも見込薄よね。だったらなんで作ったのかしら?」

「うーん、地元要望に政治的に応えた?ってとこかな?白鳥大橋もそうみたいだよ。当初有料道路ということだったけど、地元の要望で無料になったみたいだよ。だけどさ、たかだか2キロくらいのとこにお金を払うと思う?それに海の上を渡っているわけだから、ちょっとした風でも通行止めになるみたいだしさ。それで莫大な建設資金を使ってるんだね。どこにもある話と言えばそれまでだけど、なんか割り切れないなあ。」

「そうね、白鳥大橋がせめて観光スポットになって、まちが活性化するのならまだいいのだけど...」

そんなことを話しているうちに高速道路の終点である長万部だ。これから、八雲から熊石に抜ける「八熊線」に入ることになる。これで太平洋岸から日本海側に抜けることになる。

by しょう  1999.10.20 

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