江差殺人事件

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第2章その3

西平はこの「文殊」に入るのははじめてであった。館内の1階には日本海の文化コーナー、2階にはレストランがある。事務室で「白石めぐみさんはおられますか?」と聞くと応対にでた女性が「はい、白石めぐみは私ですけどどちら様ですか?」とにこやかに応じてくれた。

西平が警察手帳を見せて「駐車場にある不審車両について通報されたのはあなたですね?」と問うとまたしてもにこやかに「はい、そうでございます。」と丁寧に受け答えをしてくれる。

西平は「おやっ?と」思った。この道南地方にはエキゾチックな顔立ちの娘は多いが、言葉遣いは概して乱暴である。それに比べたら、彼女はなんというか洗練れた言葉遣いをする。

「では、白石さん、いくつか質問させていただきます。はじめにあの車を見たのはいつですか?」

「はい、3日前ですから7月31日です。その日は土曜日だったのですが、私役場の方に所用があって出かけたんです。あ、午後2時頃でした。で、5時頃戻ってきたときも勤務を終えて帰るときにもあったものですから...」

「そうですか、でもその車だとよく分かりましたね?」

「あー、それはですね。私、車を買い換えようと思っているんですよ。で、あの車の色合いがいいなあなんて眺めていたもんですよ。それにナンバーを見たら『れ』ナンバーだったもんですから、これはレンタカーだなと、それで覚えていたんですわ。それで日曜はお休みだったのですが、月曜に出勤するとまだあったんですよね。それで、一応役場の担当係の方に相談したら一応駐在に届けた方がいいのではないかという指示があったんです。」

「そうですか、分かりました。すみませんがここに白石さんの住所と電話番号を書いていただけませんか。」西平は手帳を差し出した。

「あのー、あの車がどうかしたんでしょうか?」それまで、そつなく応対していた彼女も不審の念を抱いたようである。

「いやー、これはあくまで手続きですから、別にどうということはないんですよ。あの車はご承知のとおりレンタカーなんですが、ナンバーを照会したところ札幌のレンタカー会社で貸し出したものの昨日返すことになっていたということでしたので、一応お伺いしたんです。いや、どうもありがとうございました。」

「あ、そうでしたか、ご苦労様です。」めぐみはそう言うと丁寧におじぎをした。

「いや、なかなか可愛い娘だったね。」西平は萩原巡査部長にそう言った。

「ま、係長もなかなか隅におけないですわね。あんなに綺麗な奥様がいらっしゃるのに!言いつけてしまおうかしら?」萩原巡査部長は西平を斜めにみながらいたずらっぽく笑った。

「おいおい、勤務中にそれはないだろう!」西平もきつい調子で応酬したが口元はほころんでいた。

駐車場に戻ってまもなくレンタカー会社の担当が到着した。

「いやー、どうもどうもお手数をかけました。私、N2と申します。こっちはえのけんです。」そう言いながら二人は名刺を差し出した。どちらも若い。おそらく入社して1、2年だろう。

「私は江差署の西平です。いや、ご苦労様です。早速ですがこの車のキーを貸してもらえますか?」

「はい、どうぞ。それはいいのですが、だいぶ時間がかかりますか?いえ、このまま車を札幌まで持って帰りたいんですよ。そのために二人で来たんですけど。」

「あ、いや、ちょっと調べてみないと分かりませんな。ところで、この車を貸し出したときの書類は持ってきていただけましたか?」

「あ、はいこれです。」N2は貸し出したときの申込書を差し出した。その裏面には免許証のコピーが貼付されていた。西平はそれを一瞥すると難しい顔をして彼に言った。

「残念ですが、この車は警察の方で預からせていただくことになります。ご存じないかとも思いますが、この車は殺人事件の被害者が殺害される直前まで乗り回していたと思われます。」

「えー、そんな!?」若い二人は互いに顔を見合わせて絶句した。

「とにかく、ここで写真撮影、指紋採取等ひとおりのことをしてから、江差署の方に移送させていただきます。」西平は白手袋をはめながら事務的に若い二人にそういうと、さきほどのように車のドアを開けてダッシュボードに入っているものをあらいざらい取り出した。」

「オーケー、萩原巡査部長。指紋採取をしてくれ。」

レンタカー会社の若き社員は弾かれたように携帯電話をとりだすと、本社にこれからの対応について指示を受けていた。

こうして、変死体の身元が3日たって明らかになったのである。

by しょう  1999.10.20 

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