江差殺人事件

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第1章その1

江差警察署に「瓶子岩変死事件捜査本部」が置かれたのは、それからまもなくだった。殺人事件としなかったのは、未だ自殺の可能性を否定できなかったからである。

なにしろ、被害者の身元はおろか死因さえも特定できない段階ではやむを得ないだろう。

本部長は江差警察署長の東原警視、副本部長に江差署副署長出口警視、秤谷刑事課長、西平警部補の面々である。

捜査会議の口火を切ったのは東原署長であった。

「西平君、いまの段階で分かっていることを教えてくれないか?」

「はい、分かりました。まず、遺留品はまったくありません。今川先生の死体検案書によると、直接の死因は心不全となっています。しかし、これはやむを得ないでしょう。現在、遺体は札幌医科大学法医学講座に送り司法解剖をすることになっています。」

まったく、医者なんてもんはなんでも心不全ときたもんだ。心臓が止まったら死んでるに決まってるべ。西平は小声で悪態をついてから、黒板に今時点で分かっていることを書いた。

1.氏名不詳、年齢30〜40歳、身長167センチ、体重58キロ、死体硬直から勘案して死後8時間から15時間経過していると思われる。

2.死体発見は、8月1日午前5時30分。江差町在住の須藤隆が第一発見者である。

3.遺体は頚部骨折及び索上痕が認められる。脊椎損傷、擦過傷はほぼ全身に及んでいる。頭皮が円形状に剥落し、残った髪の毛には松ヤニが付着している。
なお、その松ヤニ及び爪に残っていた皮膚については、道警本部科学捜査研究所に送った。

4.身元を明らかにする遺留品はまったくない。地元の人間ではないと思われる。

5.遺体の歯形(スタディ・モデル)及びMRIの全身撮影は、札医大法医学教室に以来済みである。頭骨のレントゲン写真及びオルソパントモは、今川病院で撮影済みである。

法医学とともに法歯学も近年脚光を浴びている分野ではあるが、残念ながら最初からそれを目指す学生は少なくなっているのが現状である。札医大の法医学教室の現教授が退官したら、その後は空席になるとさえ言われている。いずれにしても、骨格の詳細写真及び歯形及び治療痕のデータは身元解明のキーになるだろう。

「今時点で分かっていることはこれだけであります。」西平は黒板に書き終え、そう言った。

「よし、分かった!ともかく、仏さんの身元が分からなければどうしようもないな。」

「駅、バスターミナル、旅館、手当たり次第当たってくれ」こう指示を与えてから、東原署長は秤谷刑事課長に尋ねた。」

「なにか付け足すことはないか?」

「いえ、ありません。地取り捜査に全力をあげます。しかし、祭りを控えて長引くようなら応援を頼まなければ対応できません。」

「うん、それは分かっている。なにしろ年1回の姥神祭にはただでさえ、人手が足りないからな。今のうちに近隣の警察署に応援を依頼しておく。西平君が実質的なキャップとして捜査に当たってくれ。」

姥神大神宮渡御祭」まで、後1週間しかない。なにしろ江差出身者のほとんどすべてがこの町に集結するのだ。そのほか観光客も含めて、2万から3万の人々がこの町に集まってくる。お盆の13〜15日を外しているから、なおのこと休みを取りやすいということもある。

「あ、それから、マスコミ対応は出口警視と秤谷刑事課長に当たってもらうことにする。しかし、今時点ではまったくなにも分からない状態であるから、くれぐれも不用意な発言をしないように気をつけてくれたまえ。」

「この管内で起きた事件だから、なんとしても目鼻はつけたいものだ。以上」

西平は自分も含めて部下5名とをそれぞれ3班に分けて、地取り捜査を開始した。

by しょう  1999.9.27 

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