全12冊

中津文彦図書一覧

 
書       名 種  別

発行年月

ISBN
闇の弁慶 祥伝社HC 1990/06 4396630166
義経はどこへ消えた? PHP研究所 1996/11 4569554075
消えた義経 PHP研究所 1996/10 4569569439
「義経伝説」空白の殺人 双葉文庫 1996/04 4575505595
歴史が証明する興隆と滅亡の方程式 ノンブック 1995/06 4396103662
黄金流砂 講談社文庫

1984/08

4061833111
闇の法隆寺―封印された「聖徳太子」の秘密 光文社文庫

1998/07

4334726429
遠野物語殺人紀行 角川文庫

1987/12

4041674042
伊達騒動殺人事件 講談社文庫

1989/01

4061843729
秀衡の征旗〈1〉鎌倉進攻編 カッパ・ノベルス

1998/09

4334073050
秀衡の征旗〈2〉源平死闘編 カッパ・ノベルス

1998/12

4334073220

秀衡の征旗〈3〉奥州独立編 カッパ・ノベルス

1999/03

4334073336

  闇の弁慶 花の下にて春死なむ

壇ノ浦の海戦で源氏は平家を滅ぼした。この勝利は熊野水軍なくしてあり得なかった。では誰が、能野水軍を始め全国の水軍を掌握し得たのか。その人物こそ、「伝説上の人物」として正史が抹殺した武蔵坊弁慶であった。しかも、平家討滅を策し、その密命を弁慶に発した〈ある人物〉の名も、歴史は伝えていない…。平家滅亡の知られざる真相を描く傑作歴史推理。

祥伝社HC (本のカバーから引用)

義経はどこへ消えた?.gif (14856 バイト) 義経はどこへ消えた?―北行説の謎に迫る

歴史家は、吾妻鏡に記述されている通りに、義経の生涯は平泉で自害して終わったとしている。しかし、これには根強い反論があるのも事実である。有力な裏付けとなる経義北行伝説の存在も大きい。もし、自害が鎌倉の目を晦ますためのカムフラージュだったとしたなら、いったい義経は何のために、どこへ消えたのか。日本史上最大のミステリーを追う。

第1部 史書のなかの義経(源氏挙兵の背景
平家追討で大活躍
英雄から罪人へ)
第2部 消えた義経(ほんとは義経が旗頭になるはずだった
「北行伝説」に隠された秀衡のシナリオ
平泉を滅ぼした男・泰衡の謎
消えた黄金と忠衡の秘密
常陸坊海尊の秘められた任務 ほか)

PHP研究所 (本のカバーから引用)

消えた義経.gif (12134 バイト) 消えた義経

悲願の平家打倒を果たした源頼朝と義経であったが、歴史の宿命は非情にも二人の間を引き裂いた。そして義経追討の命が下った途端、義経は忽然と姿を消す。鎌倉が放った密偵の探索が進むにつれて、物語の舞台は京都、鎌倉から奥州平泉、そして遠く中国大陸の靺鞨国にまでおよぶ。―義経が平泉を脱出して北へ向かったという北行伝説の謎を大胆に推理した、著者渾身の長編歴史ミステリー。

PHP研究所 (本のカバーから引用)

  「義経伝説」空白の殺人

天才的戦略家・悲劇のヒーロー、源義経はさまざまな伝説に包まれている。その中で有名なものは「義経は平泉で死んだのではなく、生き延びて北へ向かった」という北行説だ。ところがここに、北ではなく、密かに京に潜入し、朝廷と組んで鎌倉の頼朝に叛旗を翻そうとしたのでは、という古文書が発見された。この衝撃的な発見が殺人事件を生んでいく…。

双葉文庫 (本のカバーから引用)

  歴史が証明する興隆と滅亡の方程式―人と組織が岐路に立たされたとき

藤原氏、武田氏、徳川幕府―歴史を彩り、消えていった人間集団。なにが彼らを興隆へと誘い、そして滅亡へと導いたのか。歴史推理の奇才が、日本史を渉猟し発見した“興亡の条件”とは。

第1部 滅亡の方程式(帝国陸海軍
徳川幕府
武田氏
平泉
鎌倉幕府)
第2部 興隆の方程式(藤原氏
奥州藤原氏
徳川幕府
帝国陸海軍
天の勢い)

ノンブック (本のカバーから引用)

  闇の法隆寺―封印された「聖徳太子」の秘密

大学教授・中畑に、古美術商の竹村から仏像の「光背」が持ち込まれた。
それは古代史の定説を覆す「聖徳太子」の秘密を解く重要な史料だった。
その後、竹村は何者かによって殺害。
現場は無残に荒らされ、遺体には拷問のような跡が残されていた!「聖徳太子」の秘密、「法隆寺の謎」とは?歴史の闇に光を当てつづけてきた著者が贈る歴史ミステリー傑作。

光文社文庫 (本のカバーから引用)

  遠野物語殺人紀行

千歳空港を飛び立った全日航ボーイング727型機が遠野山中で墜落、乗っていた115人全員が死亡した。
たまたま遠野に取材にきていた東朝新聞記者結城は、ニュースを知り、現場に一番乗りした。
凄惨な墜落現場では、マスコミ各社が取材合戦を展開、遺体収容も順調に進む。
だが、異変が起こった。
どう数えても2遺体多く収容されているのだ。
この謎の解明には結城は、ひとりの男を追いつめていった。
遠野から光りきらめく沖縄へと…。
遠野物語に隠されている“秘密”がひき起こす連続殺人事件。
著者会心の紀行ミステリー。

角川文庫 (本のカバーから引用)

  伊達騒動殺人事件

三陸海岸で謎の死をとげた須藤健介は伊達騒動にかかわった伊達兵部のことを調べていたという。
夫の死に事件の匂いを確信した妻の恭子は義弟の協力を得て、夫の研究の足跡をたどる。
そして夫が死ぬ前に、伊達兵部の子孫とされる家で古文書を見たことを知る。
その古文書に示された秘密は?歴史の謎に挑んだ、壮大な推理長編。

講談社文庫 (本のカバーから引用)

  秀衡の征旗〈1〉鎌倉進攻編

治承四年(1180)八月、伊豆で目代屋敷を襲い、平家への反撃の狼煙を上げた頼朝は、源氏ゆかりの者や坂東武者を束ね、鎌倉で京の清盛を伐つ準備を着々と整えていた。
その頼朝の蜂起を鈍らせていたのは、弟・義経が身を寄せていた奥州の支配者・藤原秀衡の動向。
秀衡は頼朝にとって、後方でじっと見つめている羆だった。
その間隙をつくように、木曾で義仲が挙兵、入洛!決戦の火蓋が切られた!血で血を洗う源平の戦い!源氏の棟梁の座をめぐる骨肉の争いに、ついに奥州の眠れる羆・秀衡が動きだした…。
 

カッパ・ノベルス (本のカバーから引用)

  秀衡の征旗〈2〉源平死闘編

北陸路から京都へと攻め込んだ木曾義仲は、平家を西国へと追いやると、しだいに好き勝手な振舞いを見せはじめ、御所を焼き討ちし、後白河法皇を幽閉してしまった。
これを見た秀衡は、寿永二年(1183年)、義仲追討を決意、四万の軍勢を率いて、平泉を後にした!いっぽう頼朝は、目前に南下してくる奥州軍に、義仲追討は秀衡のまやかしと判断、ついに鎌倉の地で両軍全面対決の火蓋が切られた!決死の鎌倉攻防戦!頼朝軍の奇策とは…?奥州軍の真の目的とは…。
 

カッパ・ノベルス (本のカバーから引用)

  秀衡の征旗〈3〉奥州独立編

寿永三年(1184年)、義仲に代わって再び京に戻った平家を倒し、市中に入った義経は、後鳥羽帝を擁し、平家追討の宣旨が下されるのをじりじりしながら待っていた。
一方、義経に追われ、後白河法皇、安徳帝をたてて屋島に退いた平家は、着々と源氏を迎え撃つ準備を。
ついに勅命が下り、義経が平家追討に成功したかにみえたそのとき、頼朝を倒し、不気味にも鎌倉で沈黙を守っていた秀衡率いる奥州軍が、西へと移動を開始した!?源氏と平家の雌雄を決する最後の海戦!そこに参入せんとする秀衡の真の意図とは?書下ろし長編奇想歴史小説シリーズ、堂々完結。
 

カッパ・ノベルス (本のカバーから引用)