空 知

 

地名マップ    「北海道の地名」(山田秀三著、北海道新聞社昭和59年刊)

空  知
ソラチ
永田地名解は「空知郡。原名ソーラプチ(so-rapch。滝川と訳す。」と書いた。
夕張市
ユウバリシ
ユー・パロ(鉱水の・川口)から転訛したものである。
岩見沢市
イワミザワシ
明治15年市来知(現在の三笠市)に開拓史庁が開拓のため集治監を設置、その折り、同監に通う人達が一連の休息所を利用して湯に入り疲れをいやした「浴沢」から転かして今日のように呼称されるように至ったと伝えられている。
美唄市
ビバイシ
北海道駅名の起源昭和29年版はピパ・オ・イ(pipa-o-i からす貝・多い。処)の転訛と書いた。
芦別市
アシベツシ
アシ・ペッ「ash-pe(灌木の・川)」の意。
赤平市
アカビラシ
従来赤平はフレ・ピラ(赤い・崖)の半訳名だと書かれてきたが、古くからアカピラであったという。あるいはワッカ・ピラ(水・崖)ぐらいの名であったろうか。
三笠市
ミカサシ
明治39年4月市来知村、幌内村、幾春別村の三村を合併したとき、町の中心である市来知神社の裏山を表徴して命名したものである。
滝川市
タキカワシ
ここはアイヌ時代はソラプチ・プトウ(so-rapchi-puto 空知川・の川口)であって、和人は空知太と呼んでいたが、その空知が意訳されて「滝川」と改名されたのであった。
砂川市
スナガワシ
砂川はオタッシナイ(歌志内)川を意訳してつくった名であるという。
歌志内市
ウタシナイシ
市を貫通する「ペンケ・オタシナイ川」に因むものであって、明治24年北海道炭鉱株式会社の鉄道貫通に際してオタシナイの音をとって歌志内駅と称し、後にこれをそのまま村名としたのだという。昭和33年市制を施行した。
深川市
フカガワシ
市街のすぐ北側を大鳳川(ooho-nai 深い・川)が流れているので、あるいはそれを訳したものか。
北村
キタムラ
開拓功労者北村雄治の姓をつけたものである。
栗沢町
クリサワチョウ
開拓当時現在の栗沢市街付近に栗の木が多く繁茂していたために名づけられたようである。
南幌町
ナンポロチョウ
広い幌向「ポロ・モイ(poromoi 大きな・モイ)」地区の南部という意らしい。
奈井江町
ナイエチョウ
永田地名解は「(naei、nae)谷川。)と書いた。
上砂川町
カミスナガワチョウ
パンケウタシナイ川上流が、砂川の上であるという意味で上砂川と呼ばれた。
由仁町
ユニチョウ
永田地名解は「ユウニ。温泉ある処)」と書いた。yu-un-i「温泉・ある・もの(川)」の意。
長沼町
ナガヌマチョウ
タンネ・トー(tanne-to 長い・沼)の意。
栗山町
クリヤマチョウ
栗山の名は、栗が多い処なのでそれに因んだのだという。
月形町
ツキガタチョウ
内務省御用掛内務省権少書記から樺戸集治監初代典獄に任ぜられた月形潔の姓をとり明治14年7月1日達甲第108号で樺戸郡シベツ川口に月形村を創設した。
浦臼町
ウラウスチョウ
ウライ・ウシ(urai-u やな・がついている・川)から転訛したものである。
新十津川町
シントツカワチョウ
移住民の出身地十津川(奈良県吉野郡)にちなみ命名したものである。
妹背牛町
モセウシチョウ
モセ・ウシ(mose-dsh いらくさ・群生する」という意と「草刈りを・いつもする」という意がある。
秩父別町
チップベツチョウ
永田地名解は「チックシペッ(chi-kush-pet 我ら・通る・川)」から転訛したものである。
雨竜町
ウリュウチョウ
永田地名解は「ウリロペッ(urir-o-pet鵜の川)の意。
北竜町
ホクリュウチョウ
雨竜村から分村に際し、同村の北部に位置するので北竜村とする。
沼田町
ヌマタチョウ
明治27年入地した、開拓功労者沼田喜三郎の性に由来する。
幌加内町
ホロカナイチョウ
ホロカ・ナイ(horka-nai 後戻りする・川)の意。